時は遡る。
チョルルに『六王権』軍百万が集結したと聞き、すぐさま教会は国連軍に偵察機を要請。
それを受けて高高度偵察機が派遣された。
しかし、突如とした敵空軍の襲撃を伝えた後音信不通となった。
その為、『トライアングル・ウォーズ』終了後、ようやく戦線復帰となったフィナと未だ病み上がりで完全な調子を取り戻したわけではないフィナのサポートとして渋々ながらメレムが出動する事になった。
その二人がそれを発見したのは、イスタンブールとチョルルのほぼ中間地点に位置する小都市シリウリ上空まで来た時だった。
「どう?白騎士、何か見える」
旗艦艦橋で何をするでもなくだべっていたメレムがフィナに尋ねる。
「何も見えないよ、場所的にはイスタンブールと『六王権』軍のこっち方面の本拠地であるチョルルの中間地点だけど・・・うわっ!」
メレムの質問に一応生真面目に(その視線は妖しいものがあったが)受け答えていたフィナだったが、突如上空からの奇襲に襲われる。
しかし、そこは『幽霊船団』、襲ってきた『六王権』軍空軍の死者を船上に引きずり倒すや、骸骨兵士が取り囲み袋叩きにする。
「ここまで敵空軍が進出していたんだね」
「ああ、それも・・・」
驚いたように呟くメレムに一瞥もくれる事もなく前方を睨むフィナ。
その前方には幽霊船団に対峙する様に密集隊形で飛行する『六王権』軍空軍主力。
そして
「・・・久しいな」
その中央に君臨する十六位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモアがいた。
三十七『古の使徒』
「やあ、鳥の王、本当に久しぶりだね」
そんなグランスルグに極めて親しげに声をかけるのはメレムだった。
何しろこの二人今は敵対する陣営に所属しているが、かつては同じ主君に忠を誓い、その主君によく仕えて来たいわば同僚だった。
「しかし・・・驚いたし、それ以上に失望もしたよ。君ほどの男が『六王権』の走狗に成り果てるとはね」
挑発じみた発言にグランスルグは特に表情を変えるでもなく、
「・・・失望したのはこちらの台詞だ。貴君がよもや人間共の傀儡に落ちぶれるとは」
「僕は別に傀儡になった覚えは無いよ。教会に所属したのもあそこの秘宝が目当てだしね。それに何よりもこっち側には姫様がいる。姫様がいる所こそ僕達がいる所違うのかい?」
「ああ違うな。あれは我が主君の器。魂は未だに月で彷徨っている。それに・・・いかに死神の化身であろうとも人間にうつつを抜かす者を主君と呼ぶ道理はない」
「全く固いねー君は」
「貴君が柔軟すぎるのだ。それに・・・私は『六王』の走狗になった覚えは無い。彼はこの星を蘇らせ主君に献上するつもり。私はその手伝いをしているだけだ」
「あのさ、それって本末転倒って言うんじゃない?僕達は人間がいなけりゃ生けていけないんだよ。それを自分達の手で減らしてどうするって言うのさ」
「人がいる限り永久にこの星は穢れ続ける。ならばそのような人など生存の価値すらない。そしてそのような寄生物に寄り掛からねば生きて生けぬ我々もまた然りであろう」
「うわあ・・・典型的な滅びの美学じゃないの。君はそう言った自己倒酔なんて無縁だと思っていたんだけど」
「何とでも言うが良いさ・・・さて話はここまでにしよう。貴君らが徐々に後退している事に気付かぬとでも思ったか?」
ブラックモアの指摘にフィナは苦渋を、メレムは何処か清々しい笑みを浮かべる。
「やっぱりばれたか?まあ気付かない様だったら逆に拍子抜けしたけど・・・白騎士、姫様達には連絡したよね?じゃあ君は先に離脱して。彼とは僕がやる」
思わぬ言葉にフィナが目を剥く。
「どういう意味だい?僕だって二十七祖戦えるよ」
「相手が悪いよ。君だって知っているだろう?グランスルグが『死徒殺し』の異名で呼ばれている事位」
メレムの言葉に熱くなりかけていた頭が冷えて、彼の言い分の正しさを認めた。
確かにグランスルグ・ブラックモアの二つ名『死徒殺し』は死徒達の間では有名であり、かれは先代の十六位からその座を奪った時、その居城には何一つ傷をつける事も無く、先代とその眷属を一人残す事無く殲滅している。
いくら二十七祖とはいえフィナも死徒、一対一での戦いは余りにも分が悪すぎる。
「だが、それを言うのなら君も死徒、分が悪いのは一緒だろう?」
「でもどっちかは殿として彼を食い止めないといけないよ。彼を食い止めて尚且つ生き延びる、その可能性はまだ僕の方が高い、それだけだよ。君はまだあの飛行魔城との戦いの傷が完全に癒えていないし」
「・・・」
フィナは沈黙する。
メレムの指摘はその事如くが的を射ていた。
ようやく戦線に復帰したとはいえ、未だに本調子には及ばないフィナではグランスルグと戦える筈もない。
むしろメレムの足を引っ張る事にもなりかねない。
「判ったよ『王冠』ここは君に任せる。僕は戻り、直ぐに姫様達を連れて戻るから」
「うん、任せるよ」
そう言って、メレムは甲板から何のためらいも無く大空に飛び降りる。
「さあ出てきて左足」
同時にメレムの左足から飛行するエイが飛び出し創造主であるメレムをその背に乗せる。
それを見届けてからフィナはすぐさま船団を後退させ全速力で撤退を開始する。
「逃すか」
「逃げさせてもらうよ」
グランスルグの声と共に空軍死者が『幽霊船団』に殺到を試み、メレムの宣言と同時にエイから次々と猛獣が噴出し空軍死者の行く手を遮り彼らとの間に交戦を開始する。
更にワイバーンやキマイラ、グリフォンといったメレムの想像から生み出された魔獣も加勢し、次々と空軍死者は食いちぎられて大地に墜ちる者、そのまま丸呑みにされるものが続出した。
「・・・お前達下がれ」
その様子をしばし見ていたグランスルグは全軍に後退を命じる。
この交戦でフィナの『幽霊船団』との距離は開いてしまい、追尾は不可能だと判断した為だ。
それでなくても配下の死者とメレムの創り出す魔獣とでは力量が違う。
これ以上戦わせても分が悪くなる。
彼と戦えるのはこの方面では自分しかいない。
主の命令に従い、メレムと距離を取る空軍死者とそれとは逆にメレムの攻撃範囲内に進み出るグランスルグ。
「君が相手になるのかい?」
「・・・貴君と同じだ。今この近辺で貴君とまともに戦えるのは私だけだからだ」
「そっか、やっとだねこれでようやく敵同士だね。グランスルグ、一度本気で戦ってみたかったんだよ君とは。だってさ、おかしな話じゃないか。空を支配する王様が二人もいるなんて」
グランスルグの宣告に顔色を変えずむしろ喜色を満面に浮かべて、殺意と親愛の絶妙にブレンドされたそれを向けるメレムに対して、
「・・・そうか、やはり貴君とは未来永劫気が合いそうに無い。私は一度と言わず何度でも貴君を八つ裂きにしたかった」
グランスルグは混じり気の無い完全な殺意で返答した。
「そうなの?でもそれだったらなんで今までそれをしなかったのさ。チャンスならたくさんあったと思うけど」
「知れた事、私闘はしない。私の闘争理由、存在価値、その全ては『朱い月』の御為のみ」
グランスルグの宣言をメレムは心地良い福音のように聞いていた。
方や人間に、方や死徒に組しながらも彼らを繋ぐ唯一の共通点はこの一点。
忠を誓い、礼節を尽くした相手はただ一人。
方や主君の遺命に従う同輩に感銘を受けてその同士となる事を決意し、方や主君の器である姫に従い、人の陣営に入った。
だからこそ、グランスルグは主の遺命に歯向かうかつての同輩と何の制約も制限も無く戦う事が出来る。
しかし、お互い行く道は違えどもその行動の根本は同じ、全ては『朱い月』、ブリュンスタッドに忠義の為に生きる者同士、どうして相手を心底から憎めるだろうか?
少なくともメレムはそう思っている。
「まだ抱いていたんだね。その誓い、全く固い鳥頭だよね。まあ僕も人の事は言えないか」
だからこそそんな言葉も出た。
しかし、グランスルグは違った。
「貴君と私は同じ主君に仕え、互いに忠を尽くした。忠の大きさは比べれるものではないだろう。だが、私は貴君の忠の形は主君に対する最も度し難い罪だと思っている」
「最も度し難い?僕の姫に対する忠誠の形の何処がなんだよ」
自分の忠誠を否定されたと思ったのかメレムの口調に棘が混じる。
「その個人的なる思慕の混じった忠誠こそ度し難いと言っているのだが」
対してグランスルグの声には余裕の色が失われない。
「そっか・・・腹立つなー初めてだよ。君の事を本気で憎たらしいと思ったの」
メレムの声に明確な殺意が発せられた。
「貴君にいくら憎まれようと別に私は痛痒にも感じぬ。貴君はここで私が殺すのだから」
グランスルグもまた秘めていた殺気を何の制約もなく解き放つ。
「僕を?君が殺す??面白い事言うねー。君にジョークの才能もあるなんて思わなかったよ」
メレムの嘲笑にグランスルグはもはや何も応じない。
自身の宣告を現実のものとすべくメレムに襲い掛かる。
メレムもグランスルグを迎撃すべく、獣や魔獣達に攻撃を命ずる。
ここにかつて『朱い月』に仕えた二人の死徒の激突が始まった。
一方、ロンドンでは、『六王権』軍侵攻の報を受けて、混乱の極みにあった。
何故か?
直接の原因は皮肉な事に先程のドーヴァー攻勢中止にあった。
攻勢に出る事が中止になったのを受けて、攻勢に出る為にロンドン郊外は勿論、東に約50キロのテムズ川沿いの小都市シアネスまで進出した部隊も一時ロンドンまで後退する事になった。
ところがその直後に起こった突然の再攻勢。
これを見て一部の部隊が必要以上に混乱、司令部の命令も無いまま交戦状態に突入、周囲の部隊も苦戦する部隊を助けようとしたり引き摺られる様にして次々と交戦を開始。ロンドンからドーヴァーまでの南東地帯は交戦、撤退、救援等の情報が錯綜し、司令部ですら全体を把握出来ない有様だった。
直接の原因こそ、後退と侵攻、この二つの信じ難いほどの偶然の一致であるが、遠因を述べれば間違いなく、つまらない見栄とくだらない意地だけで『時計塔』上層部が下した攻勢命令にある事は間違いないだろう。
『第四次倫敦攻防戦』は人類側にとって、過去三度にわたる攻防戦に比べて遥かに不利な情勢での開幕となった。
人類側は極めて不利な情勢であったが、ロンドンを攻める『六王権』軍・・・いや正確に言えば司令官トラフィム・オーテンロッゼに比べればまだましな方だった。
何しろ彼にはまさしく後が無いのだから。
時間を『トライアングル・ウォーズ』終了間際まで戻す。
『闇千年城』において『ダブルフェイス』を仲介してだが健在な『六王権』軍最高幹部が一堂に会していた。
そこでようやく彼らもこの三つの戦いの被害の全容を知る事になる。
特にヴァン・フェム、ネロ・カオス、エンハウンスと祖の戦死の報告を耳にした時、『炎師』は僅かに肩を落とし、息を大きく吐き、『地師』は瞑目して静かに冥福を祈り、『風師』は歯軋りをしながらひときわ大きな音を立てて、自身の手を打ち付けた。
彼らと祖の関係は『水師』とスミレ程ではないものの良好と言える。
特に、『風師』とエンハウンスはその傾向が強く、エンハウンス自身もそれを受け入れつつある心境が見えていただけに、その戦死は衝撃的だった。
また、最高側近『影』の重傷の報を聞き他の二十七祖は驚愕の表情を浮かべていたが、一人だけ内心ほくそ笑んでいた男がいた。
それはオーテンロッゼだった。
彼の『六王権』側近衆への心境を考えればそれは福音に聞こえるだろう。
『人の不幸は蜜の味』の心境だ。
『六王権』最高側近の称号を受けながら無様にも人間の手で重傷を被ったのだ。
これを無様と言わずして何を無様と言うのか?
オーテンロッゼは自身の醜態などすっかり忘れて喜色を浮かべていた。
そんな彼を尻目に報告を聞き終えた『六王権』が口を開く。
「今回の『バミューダ』作戦は完全なる失敗に終わった。この戦いにおける死者の損害はこちらの想定を遥かに超える。
よって再攻勢を行う前に死者補充を行わなくてはならない。そこでリタ」
「はっ!」
「お前は欧州の部隊を統合しジブラルタルを超えアフリカを南下、死者を調達しろ」
「御意」
「スミレ、お前は海軍を率いてリタのバックアップを行え」
「判りましたぁ」
「鳥の王、貴殿にはイスタンブール及びロシア侵攻軍の指揮、まとめて見て頂きたい」
「承知した」
「そして『六師』」
『はっ(はいっ)』
「・・・ロンドンにおいて『影』を連れ戻した事は賞賛するがアトラス院の時は少し判断を誤ったな」
「はっ、申し開きはございません」
代表して『闇師』が主君の咎めを全て是とする。
「よろしい、お前達には三日間の謹慎処分とし、謹慎後は軍を率いる事をしばし禁ずる」
『はっ!』
彼ら『六師』に下された処分を聞き小躍りしたいオーテンロッゼだったが、直ぐにそれは絶望の底に突き落とされる。
「そして、オーテンロッゼ」
彼を呼ぶ『六王権』の声が今までと打って変わった冷徹かつ、その中に煮え滾るほどの憤怒を秘めていた事を察してしまったのだから。
「・・・カイロにおいて死者を大量に獲得したその手腕は見事であるが、その功績、己の手で貶めたな」
「ひっ!」
「貴様の愚挙で北アフリカの防衛ラインは甚だ脆弱なものとなった。この責任どう取る気か」
「・・・ぁぁぁぁ・・・」
まさしく刺し貫く『六王権』の視線に声も無くただ、口を開閉する。
それを見て短く嘆息する。
「・・・その程度か・・・もう良い。お前には追って勅命を下す」
「え?・・・ちょ、勅命・・・ま、まさかへ、陛下・・・ちょ、ちょちょちょ、勅命とは」
「これで会議は閉幕とする」
オーテンロッゼの声を遮るように閉幕を告げ、全員の映像が消える。
それを確認した上で玉座に身体を預け、大きく溜息をつく。
「・・・奴を買い被り過ぎたな。奴が全ての非を認めいかなる処分を受ける姿勢を見せていれば、まだ使おうかとも思ったが・・・まあ良い奴にはルヴァレと同じ様になってもらおう。それと謹慎前に聞きたいが『闇師』、『影』は?」
「はっ、陛下のお力を持ちまして兄上の傷は全て癒え、失われた身体箇所も復元いたしました。ただ・・・」
「眼を覚まさぬか?」
「御意」
主君の質問に泣きそうな表情で答える『闇師』。
『六師』達に抱え込まれるように『闇千年城』へと帰還したは『影』はすぐさま『六王権』の力で士郎との死闘で失われた半身も復元され、傷も完全に治癒された。
しかし、『影』自身はといえば、治癒が終わったにも拘らず全く眼を覚まさず、自室で今も眠りについている。
「似ているな・・・あの時と」
「は?陛下今」
「なんでもない。それと『錬剣師』は『影』の『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』を破壊したと言うが」
「はっ、それについては俺達全員が証言いたします」
固有世界『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』、『六王権』が知る限り、あれを展開させて破壊したのは『六王権』自身のみ。
それをいかなる偶然が重なったとしても人の身でありながら成し遂げた。
「どうやら『影』の言葉に偽りは無かった様だな」
「陛下?偽りとは?」
「あ奴がロンドンに赴く事を願い出た時、『錬剣師』が現れたときには必ず自分の手で葬ると言った。そしてこうも言った、『陛下、今はまだ全ての力が覚醒してはいませんが『錬剣師』は必ずや覚醒を遂げ近い将来には『真なる死神』に匹敵する陛下に仇名す刃となります。私はそうなる前に陛下の敵をこの手で討ち取りたいのです』とな。結局、それはあいつの負傷と言う形で証明された訳だが。さて、『影』がいない以上私が奴に勅命を下さねばならぬな。お前達はこれより謹慎に入れ」
『御意!!』
号令と共に『六師』は自室に戻り謹慎に入る。
それを見届けてから『六王権』は『影』の自室に足を運ぶ。
ベッドに横たわり、深く静かに眠りに就く己の忠実なる側近を見て
「やはり・・・似ているなあの時と」
そう静かに呟いた。
そして、その数時間後、トラフィム・オーテンロッゼは『六王権』自身の手よりルヴァレと同じく最終勅命を受け取った。
その内容も『残存の手勢を率いてロンドンを陥落させよ』とルヴァレのそれと全く同じ勅命、拒否しようとすれば『六王権』による即時処刑が待っている、もはや後は無い。
しかもルヴァレの時は、分散させた部隊を糾合させたおかげで十万に届く数を揃える事が出来たがオーテンロッゼの場合は自分の自由に出来る軍勢の殆どを『アトラス院攻防戦』で失い、退却後も必死に数を揃えようとしたが、ようやく五万に届いたばかり。
過去三回の侵攻を退けてきた倫敦魔道要塞を攻略するには余りにも少なすぎる。
だが、更に兵力を補充しようにも、直ぐに『マモン』で移動しなければもはや間に合わぬ時間に攻撃開始期限が設定されており、もはや兵力補充の手立ては現地での調達でしか手は無い。
それゆえに泣く泣くアフリカからジブラルタルを北上、ドーヴァーに布陣。
文字通り背水の陣でドーヴァーを超えロンドンに侵攻を企てるオーテンロッゼ。
しかし、その数の少なさゆえに『時計塔』が軽率な行動に出てロンドン側に混乱をもたらした事は更なる皮肉と言う他ないだろう。
序盤に起こった遭遇戦とその混乱による結果、『六王権』軍はその陣容を約一万増やし総兵力を六万とした。
未だに戦力の少なさは否めないがそれでも僅かな光明も見える。
だが、『時計塔』も魔術協会上層部はともかく前線指揮官達は心底からの愚者ではない、少しずつではあるが混乱から立ち直り、戦力もロンドンに集結を完了しつつある。
その事を教えられるまでもなく理解していたオーテンロッゼも更なる急襲を命じる。
敵が体勢を立て直す、その間に少しでも侵攻を図らなければならない。
「くそっ、ロンドンが防衛を固め始めたか・・・よしこちらも陣を敷け!」
だが、しばし侵攻を続けた所でオーテンロッゼはロンドンの防備が固められつつある現状を察知し、進軍を停止。
ロンドン東二十キロ足らずのテムズ川沿いにある小都市ダートフォードに陣を固め、睨み合いを始める。
またその間に数百から千程度の別働部隊を複数編成、上陸時から密かに西進を命じ、これらの部隊は『マモン』ですばやく西進、既にイーストボーン、ブライトン、ポーツマスとイギリス南部の都市を次々と急襲、手駒確保にも余念が無かった。
余計な自尊心がなければこの男も指揮官としては有能な類に入る、その事を万の言葉ではなく一つの行動で示した。
勿論この動きはロンドン側の知る所となっていたが、ただでさえダートフォードに陣取った『六王権』軍は咽喉元に突き付けられた匕首、動くに動けない。
少数でも敵は上級死徒が主力の上、二十七祖が率いている。
うかつに油断すればロンドンに雪崩れ込まれかねない。
そのために『時計塔』はロンドンに英霊や『クロンの大隊』の主力を張り付かせ、地方の援軍を行う余裕は無かった。
それでもイギリス軍やフリーランスを中心とした救援部隊を差し向けたが敵の侵攻速度を弱めるに留まった。
こうしてロンドン側はその動きを封じ込められ、『六王権』軍の侵攻範囲はイングランドからコーンワル半島、さらにはウェールズへと加速度的に広がりを見せ始め、『第四次倫敦攻防戦』は『イギリス南部攻防戦』にその姿を変えつつある事は必然の事だった。
再び舞台はシリウリに移る。
四方から襲い掛かる獣をグランスルグはいとも容易くその爪で引き裂き、切り裂く。
だが、メレムの獣達も真上から真下から、更に鳥達の背を地面として虎や豹が駆け抜け、グランスルグに肉薄する。
それを僅かな間隙から抜け出しそれと同時にすれ違いざまに全ての獣を切り裂いてから、高速でメレムの飛行エイの真下を潜り抜ける。
そして真後ろから急上昇すると、今度は逆進、背後からメレムを狙う。
それに気付いた獣達がグランスルグの行く手を遮ろうとするが速度を落とす事無く、八つ裂きに引き裂き、メレムに肉薄する。
「えっ?」
「もらった」
メレムの呆然とした声とグランスルグの淡々とした宣告が交差し、グランスルグの一閃がメレムの首を跳ね飛ばした。